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十六話 鈴虫の音

last update Last Updated: 2025-08-30 03:03:37

 逃げるように走る

 今までの感情を壊していくように

 二人の視線が

 僕の背中を捉えて離してくれない

 十六話 鈴虫の音

 二人の前で笑顔になれていただろうか。最初は顔に出ていたかもしれない。それでも目の前に広がっている二人を見ていると、強くなるしか方法を知らなかった。

 違和感を感じさせないように、ゆっくりと歩いていた。彼らの視線が僕の背中を捉えていたからだ。

 やっと視界から消える事が出来た僕は、限界を超えるまで全速力で走り出した。

 体で風の感触を受けながら、自宅へと滑り込んだ。今の僕にとって美しい景色は、心を揺さぶる材料になってしまう。

 過去の空間を見せてくれた少女はいない。定期的に現実に隠れていたのに、今では彼女の空気を感じられない。

 全て夢で終わらしたらいいのだろうか。

 ドタドタと階段を駆け上がると、部屋へと辿り着いた。簡易的に彩られている空間は、いつもよりも色薄く映っている。

 気が抜けた身体は、誘われるように経たり込んだ。じんわりと広がっていく体温がベッドに連動していく。

 まるで膝枕をされているような感覚を全身で感じながら、ため息を吐いた。

 深呼吸とため息は同じ効果がある。落ち着く為には必要だ。皆は僕がため息を吐くと、幸せが逃げると告げる。

「僕にとっての、幸せか……」

 当たり前の日常を過ごせるのが幸せ。それでも人間は欲深く、沢山のものを求めるようになっていく。それが突き詰められていくと支配欲として君臨する程にーー

 いつもの自分とは違った姿が、そこにはある。僕の異変に気付いている家族は、全てをなかった事にしようと、静寂を選んでいった。

 外から溢れてくる複数の音が重なりあいながら、一つの楽曲を作ろうとしている。名もない曲は、僕にとっての子守唄へと変換されていく。

 いつもなら不快に感じていたものも、今では心地よく感じられる。自分の価値観が崩壊し、この繰り返しで新しい僕を重ねていくのかもしれない。

 「ピンポーン」

 チャイムが遠くから聞こえる。夢と現実の狭間で揺られている僕は、ぼんやりと見つめながら、再び目蓋を閉じた。

 「煩いな……」

 今は一人の空間に酔いしれていたい。疲れた心を休ませる為に、人を避け、自分の世界へと潜り込んでいった。

 全身の力が抜けていく

 まるで自分の体じゃないみたいで

 心地いい

 夢の中を飛び回る僕
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